東方見聞録

2017年3月に大学を卒業した若造の雑記です。旅行、写真、本、映画、歴史などを好みます。話はもっぱらつまらないので、読者になると後悔しますよ。忠告しましたからね。

【大募集】《藝術と思想》の会

現在、一つの企画を立ち上げようとしている。

 

《藝術と思想》という会である。

 

何故このような会を立ち上げようと考えたのかといえば、盆休みにおいて、京都で初めて会ったTwitterのフォロワーさん(文学好き、社会問題に熱心)からもらった次のような言葉が直接の契機となっている。

 

「僕の周りに文学の話ができる人っていないんですよね」

 

自分の好きなものの話ができないというのは、どれほど孤独なことだろうか。

 

こんなに好きなものがある人が、藝術を思考し時代を掬い取ろうとしている才能ある若者が、これほど孤独になってしまっていていいのだろうか。

 

そんな問題意識が私の中で湧き上がって来たのである。

 

その時、東京の芸術大学に通っている友人と酒を交わしながら、藝術・文学・日本思想について喧々諤々の話し合いをしていた2年前の沖縄居酒屋の風景を思い出したのであった。

 

デュシャンのようなポストモダンのものは藝術を馬鹿にしている」

「僕は西田幾多郎が好きなんだ」

「きっと周りに僕の芸術を理解させてやる」

 

友人は、このような言葉を吐き、泡盛をグイと飲み干していた。

きっと彼は、誰かに話をしたかったのだ。

自分の愛するものの話を。

 

彼には場があった。

芸術を発表する場が。

 

彼には友人たちがあった。

愛するものの話ができる友人が。

 

その点において、彼は恵まれていた。

今では、国内外を問わず人気があり、多くの絵が色々な人の元に置かれているらしい。

 

しかし、他の人にとってはどうであろうか。

先ほどのフォロワーさんのように、好きなものの話ができないまま、ひっそりと孤独を抱え、活躍できる場所も見出せずに日々を送っているのではないだろうか。

 

こういう人々に場を作りたいと思ったのである。

 

それと同時に、今年ご逝去された大学研究会の恩師の言葉が頭にあるのである。

 

「君たちはこの一節をどう読む」

「君たちは石牟礼道子にならねばならない、と僕は思う」

 

ある時の研究会で、石牟礼道子『苦界浄土』一節のコピーを我々に見せ、先生はこう仰った。

先生は哲学を専門に研究されていたが、我々に教えてくれたものは、思索の海に沈んでいくということではなかった。

 

常に人との関わりの中で思考し、芸術を、思想を、生み出すこと。

 

社会との交わりの中で、本質を、人間を、見つめること。

(その上に、生きた芸術を作ること)

 

流されないために、議論をやめないこと。

 

先生から教わったのはこれらのことだった。

 

もし、もしも、先生にできなかったことがあったとすれば、次のことであろう。

私は、この会《藝術と思想》で出来る次のことが、先生のいないこれからの時代でできる唯一のことだと考えている。

 

①芸術・大衆文化批評や歴史、文学、哲学、現代の社会問題など、人文科学・社会科学とそこに隣接する領域に関わる事象についてSkypeで議論をする。

 

②市民による芸術(美術・文学・映画・建築・写真etc...)・大衆文化批評、社会学・哲学論考、並びに小説・写真などの各種創作を掲載した冊子を製作する

(より現代に即応し、映画なども掲載できることから、Webメディアを製作しての掲載となる可能性もあり)

 

私はこの二つの着想を、哲学者・鶴見俊輔が主催した『思想の科学』から得ている。

 

www.youtube.com

(この動画は、二つの動画が繋げられており、本編自体は、1:29:28頃に終わっている)

 

少し長いが、上に添付した動画を是非見てみて欲しい。

 

思想の科学』では、市民が主人公となり、自由に意見を発信できたのである。

 

私にとっては、これが理想なのである。

 

この理想に共鳴してくれる人は、ぜひ私たちの取り組みに一緒に参加して欲しい。

(当方は、『思想の科学』とは無関係です)

 

 

 

まずは、参加してくれる方、興味がある方とSkypeで話してみたいと考えている。

(もちろん一回話してみて、自分は違うと思ったら参加しなくても全く構わない)

 

初回開催概要は以下の通りである。

 

日時:平日か土曜日の夜21:00頃から、1〜2時間程度

   もしくは、土曜日の日中。検討日は、9/9, 9/13, 9/15, 9/20(要相談)

 

対象年齢:なし。

     ただし、私が22歳ということもあり、若者が多くなる可能性が高い。

 

使用ツール:Skype(ビデオ通話)

 

費用:当然、無料

 

テーマ:自己紹介、これからこの団体でやりたいこと、『芸術(美術・文学・映画・建築・写真etc...)と私』、etc(調整中)

 

参加連絡:コメント欄かTwitterまで

 

※注意

①特定の思想・信条・意見を押し付けること禁止

②話を途中で遮ること、露骨に意見を否定すること禁止

③ナンパ・出会い目的禁止

④匿名可

 

少し長くなってしまったが、以上である。

 

妙に感傷的な文章になってしまったものの、私もまた、人と話がしたいだけなのかもしれない。

 

多くの方の参加を、心からお待ちしている。

【写真群】旧三笠ホテル

先日、軽井沢に赴く機会があった。

 

その際、旧三笠ホテルにていくつか写真を撮った。

 

愛機はCanon EOS 80D。

 

先月購入したばかりで、まだまだズブの素人である。

 

これからどんどん練習していきたい。

(やっぱりこういう場所で人を撮りたい)

 

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Twitterにも写真いろいろ載せています。

 

どうやったらいい写真が撮れるか教えていただければ、これに勝る喜びはありません・・・。

貧乏人、パトロンになる

今、某女優の写真集出版企画中止で注目を集めてしまっている、クラウドファンディングのプラットフォーム「CAMPFIRE」

 

その中で、一つの企画が目標を達成した。

 

インドのスラム街に住む子ども達に石鹸を届け、手洗いを習慣づけるソーシャルビジネスである。

 

camp-fire.jp

 

この企画の主催者によれば、インドでは、

 

・7000万人が石鹸を手に入られずにいる(価格が高い)

・毎年220万人が下痢で亡くなっている

・400室ある一つのホテルでは、毎年3500kgの固形

 石鹸が捨てられている

 

という状況である。

 

この状況を改善するために、企画者は、廃棄されるはずの使用済み石鹸をホテルから回収、リサイクルし、スラム街の子供達に配ろうというのである。

 

この企画の企画者は、大学4年生である。

ここまでであれば、一過性の学生ボランティアの域であったかもしれない。

 

しかし、彼女は先進国の消費者がこの石鹸を一つ購入することで、スラムの子供達に二つの石鹸が配られるシステムを考え出した。

 

いわゆる「発展途上国に学校を作りました」という学生ボランティアとの違いはここにあると考える。

学校を建てたら、

そのあとの資金はどう持続的に確保していくのか?(フェアトレードで商品を売っても、その商品が先進国消費者の消費傾向と著しく相違していることに気づかない。ミサンガとか・・・)

ボランティアを行う学生が学校を卒業したら、学校の運営・対外的な交渉はどうしていくのか?

 

もちろん、学生の世代が変わっても運営を続けていけるように、持続的に学校の運営を行なっている学生団体も多数存在している。

しかし、一過性のボランティアをして、人に感謝されたいだけの人間のいかに多いことか。

そしてあとで潰れてもそれは自分の責任ではないと言えるのだ。

私は、それで団体自体が消滅した例を一つ知っている。

 

ついでに言うと、学生ボランティアは、最も大事な部分をやりたがらなかったり、途中でもっと周囲から注目を集める問題へと取り組みを変えることが多いのだ。

 

東日本大震災ボランティアでは、現地責任者に「じゃあ君トイレ掃除お願い」と言われた一人の学生が

「私は被災者の方に元気になって欲しくて、ここまで来たんです。どうして私がそんな汚いことしなくちゃいけないんですか」

と言い放ったそうである。

 

また、大震災の直接的な被害が落ち着きつつも、外部からの目には見えづらい課題がまだまだ山積していた頃に居合わせた別の学生は、広島土砂災害が起こると、「私、もうやることないじゃないですか」と言い残し、すぐそちらに向かって消えていったそうな。

 

 

 

本当に腰を入れて取り組まなければいけない問題は、目に見えないところにある。

 

この企画者は、そのことを理解し、スラム街住民の健康を守るためには何をすべきか考え出したのではないだろうか。

 

このクラウドファンディングは目標額を達成したが、既に次なる目標を設定している。

400,000円である。

決して無理な金額ではないだろう。

 

この支援は3,000円から行うことができる。

詳しくは、CAMPFIREの上記添付ページにて確認して欲しい。

私も微力ではあるが、協力させていただいた。

 

 

 

知らないところで知らない誰かの健康が守られている。

それこそ次の時代に必要な持続的ソーシャルビジネスではないだろうか。

【募集】京都・大阪・滋賀で中世の仏教についてお伝えします

最近人と話していて思ったことがある。

 

それは、

 

中世の歴史の面白い部分を知っている人って全然いないのでは・・・!

 

ということである。

 

鎌倉時代に入り、武家政権になり、そして武士の思想に合う禅宗や、民衆に受け入れられる浄土宗・浄土真宗日蓮宗が出てきて、芸術も力強くなった」

などという暗記でいかに中高校生(元中高校生も含め)の興味を削いできたことか!!

 

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本当の中世史は、民衆と権力の関係で語られるべきである。

そうしなければ何の味気もない!!

ドイツにて、語学力のなさが露呈するのが怖くて外食ができず、涙を流しながら食べた薄っぺらいライ麦パンと同じくらい味気なくて薄っぺらい!!

 

そこで、近畿地方にご在住の、「歴史に興味はあるけれど、学校の暗記じゃない、踏み込んだ歴史を学びたい」「中世史はよくわからないけれど、自分の住む地方の寺社がどんなことを行なっていたか興味がある」という方を対象に、中世史の話ができればと思います。

(とりわけ、延暦寺などあの地方の寺社が被差別民とどのような関係を結んでいたか、朝廷権力と民衆の経済活動の結びつきなどをテーマに)

(私は大学でこの地方の歴史についても研究し、その成果を論文にもまとめていた)

 

 

なぜ近畿かというと、私が8月15日〜19日まで、一人旅で近畿地方に伺うためである。

この期間にご都合つく方は、こちらのコメント欄か、ツイッターのDMでご連絡いただけると幸いである。

 

 

時間は、参加者の都合に極力合わせられるようにするが、なるべく夕方からが良いだろうと考えている。

 

場所は、近所のいい感じのCafeをご教示いただきたい。

よそ者の性であるが、地理感がまるでない。

 

費用は特に取らないが、コーヒー代などは各自負担してほしいものである。

 

私が話すだけでなく、その地方に住む皆様で議論ができる会にしたいと思っている。

中世史、宗教史、民衆史などに興味のある方(玄人でない方。⇦ここ大事)の参加をお待ちしている。

 

あ、最後に、「その地方の歴史に興味ある方とお知り合い・お友達になれる」というメリットもあると思うヨ〜!!

(特に若者)

 

強制参加の労働組合は即刻廃止せよ!

会社員の方々には馴染み深い労働組合

会社に付属している人もいれば、一人で外部のユニオンに参加している人もいるに違いない。

恐らく少なくない人々が、労働者の権利を守るために日々奮闘し、利益を享受しているのだろう。

 

だが、私は強制参加の労働組合には断固たる反対者の立場である。

まごうことなき異端労働者である。

 

本日はその理由を滔々と述べさせていただきたいと思う。

自室よりキーボードが破壊されるほどの怒りを込めて。

 

 

労働組合とは

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ここでまず労働組合の定義を確認してみよう。

強制労働省と名高い厚生労働省のホームページには以下のように記述されている。

 

労働組合は労働者が団結して、賃金や労働時間などの労働条件の改善を図るためにつくる団体です。

 

すなわち、労働組合は、「労働者による労働者のための団体」である。

個々では弱い立場にある労働者が、一つにまとまって、雇用者側の提示する労働条件を改善できるよう働きかけるのである。

ここまでは良い。

問題は、実際の労働組合がどうなっているかである。

 

結果が伴わない

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私が、勤め先の企業に入社し、労働組合に加入してから早4ヶ月が経とうとしている。

その間に上がった給料は、である。

もちろん団体交渉を幾度となく行った上での結果となっている。

 

一方の労働時間の減少は、である。

ほぼ毎週の休日は日曜日のみ。

様々な職場にいる労働者の残業が減ったという話もない。(職場に人が少なすぎるためであるという意見も雇用者にはガン無視されている)

もちろん団体交渉を幾度となく行った上での結果となっている。

 

拘束時間が長い

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月に何回やるんだよ!!!

そんなにやったって結果は変わらないじゃん!!!

 

しかも毎回10時半とかまでやってさ!!

明日も8時半から仕事だよ帰ろうよ。 

 

一回、24時までなんて日もあったよ!!

どうしちゃったんだよ。

みんな夜更かし君なのかな!!

 

え?今日は9時まで?

やった!!

 

・・・飲み会ですか・・・。

・・・あ、全員参加・・・。

 

結局自分たちで首を絞めている

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極め付けがこれ。

 

なんで毎月の給料からそんなに労組費天引きされなきゃいけないの!!

絶対その分のお金自由に使わせてくれた方がいい暮らしできるよ!!

 

しかも弁当代とか団交の交通費とか飲み会だとかに変わるんでしょう?

新入社員歓迎パーティっていうのもあったよね?

あれ、参加費無料でゲームしたり飲み食いしてたけど、どこからお金出てるのかなぁ?

うーん?

 

もう、そういうのいいから、今度からオンラインでやろうよ!

お金かけずに偉い人たちに大量の文書を送りつけて、FacetimeSkypeで具体的な交渉していこう?

そうしようよ。

偉い人にズブズブに気を使う飲み会が団交後にあるなんて僕は嫌だなあ。

 

最後に

最後に労働組合に一言だけ。

 

「くだらねええええ!!」

 

※もちろん結果が出ていて、やるべきことだけやるスマートでクレバーな労働組合もあるとは思います。羨ましいなあ・・・。

突貫紀行 ヨーロッパ(ミュンヘン 2日目編)

拝啓

 

学校や仕事に嫌気がさしている諸君。

暑い中、お疲れのことであろうと思う。

 

例に漏れず、私も日々くたびれている。

何故これほどまでに働き、胃と心に巨大な穴を開けながらもこんなちっぽけな給料なのだ!!!

そうは思わないかね君!!!

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これを書いている本日も、日中ストレスフルに働き、退勤後には気づくと棒切れを振り回しながら近所の森林公園を練り歩いていたのである。

我に返った時に感づいた大学生カップルの視線を私は忘れられない。

 

大学生カップルよ。私にも一言言わせてくれないか。

私にも、君たちの恋愛と同等かそれ以上にくだらない情熱を持って生きていた時代もあったのである(恋愛ではないが)

 

そんな現実逃避と、涙が出るほど切ない仕様の復讐(カップルと会社に対しての)として、今から君たちに私の青春時代のヨーロッパ紀行をお話ししたいと思う。

途中退席は許さない。

 

 

ダッハウ

一日目を終えると、水圧の異常に弱いシャワーで異常に臭くなった足を洗い、ベッドに横たわると、そのまま気付くと朝となっていた。

 

翌日、私と友人は、食べ放題の朝食で少しばかりのオリーブと大量のチーズ・パン・ハム類を流し込むとダッハウへ向かうことに決めた。

 

ダッハウにはナチスが作った最初の強制収容所がある。

初期には、主に思想犯などを対象にしていたが、徐々にユダヤ人も収容されるようになっていったそうである。

 

ここを訪れることは、これからの社会人生活に必要である。

リア獣どもよさらば!

君たちがバカみたいに騒いでいる間に、私は教養を磨いていく。

そのようなくだらない情熱と不毛な対抗心で私たちは強制収容所に向かうことを決めたのである。

 

その場はまさに”荒涼凄惨たる地”と呼ぶに相応しいものだった。

 

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寒い、薄暗い。

これは偏に天候のせいだけではなかったように思われる。

 

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ARBEIT MACHT FREI

(労働すれば自由になる)

ナチスは、多くの収容所の門にこのような文言を刻んだ。

なんという究極の二枚舌・欺瞞であることか。

 

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シャワー室(ガス室

妙な冷気が漂っている。

外の数倍は寒い。

 

くだらない情熱に後押しされた訪問だったが、行ってみると非常に有意義なものだった。

収容所内には展示室もあり、強制収容所が作られるまでの歴史的経緯を体系的に学ぶことができた。

 

ちなみに日本語対応は当然できていないので、訪問される際は注意するように。

私の友人は英語が読めなさすぎたため、滞在中「うふうふふっふう」という何とも言葉にできないため息をつきまくっていた。

 

 

ミュンヘン市

ダッハウを出ると、ミュンヘン市街をブラブラすることにした。

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普通の街並みがオッサレである。

何度教会に入ったか数えきれない。

クリスチャンでもないのにクリスチャンのふりをするなどした。

 

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人工の川では、二月だというのにサーフェインを繰り広げる黒づくめのおじさんたちがいた。

辺りで待機していた、サーフェイン終わりのおじさん一名は痛々しく止まらない震えを湛えた体をヒムセルフで抱きしめていた。

 

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食べかけである。

ガーリックバターというものが大変うまかった。

肉・ポテトの相性がバッチリ。

見ての通り、青い系の野菜はほぼない。どこにもない。

ミュンヘン中のどこにもない。

 

 

何ということだろうか。

仕事が嫌で懐古趣味的に紀行文を綴っていたが、気付いたらこんな時間である。

仕事のために早く寝ようなどという考えは毛頭ないが、明日夜はこの紀行を共に過ごした友と久方ぶりに合う計画を立てたのである。

我々は、共に肝の座ったへそ曲がりであるところで気があうのである。

 

こういう小さな幸せを見つけながら、日々辛い仕事を繰り返す無限ループのパラレルワールドのような世界を生き抜いているのである。

 

諸君、達者で。

明日はいいことあるかもよ。

では、続きはまた今度。

網野善彦

網野善彦氏の『日本の歴史をよみなおす』という本を読んだことがあるだろうか?

 

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

 

 

網野氏は、日本中世史の研究者であり、網野史学と呼ばれるほど中世史研究に大きな功績を残した人物である。

氏は2004年にご逝去されたが、その影響は今なお色濃くあり、現在活躍されている研究者の専門書でも必ずと言って良いほど言及されている。

 

現在では批判的に見る意見も多いが、網野氏の築いた中世世界の基礎概念は多くの研究者に共有されている。

 

その概念の一つが、「百姓と遍歴民」である。

 

網野氏は、中世においては、百姓=農民ではなかったと何度も主張する。

多様な地理的特徴を持つ日本の中において、海民もいれば山民もおり、その総称を百姓であると述べる。

(現在では、農業を担う人々が小規模な農業を行うなど、多様な複業で生計を立てていたと考えられている)

 

中世においては、年貢が必ずしも米に指定されているとは限らず、塩や絹などもあったことから、海民・農民・山民・商工業者の間で交易が行われたとされる。

 

その交易の場は「市」である。

そして、市には天皇や神社・寺に奉納物を奉じることで、営業の権利や交通税を免除された「供御人・神人・寄人」と呼ばれる遍歴民がいたことが知られている。

これらの人々のうちには、商工業者以外にも、近世において被差別民や位の低い人々とみられた「非人・遊女」なども含まれた。(遊女については諸論あるが)

 

網野史学においては、これらの人々は中世においてはまだ確実に賤視されてはいなかったが、南北朝の動乱後、正当な天皇権力が武家政権に接収されると、徐々に権威を失い、近代に近づくにつれて差別的(下位的)に扱われるようになっていったとされる。

 

この他にも、網野氏が気付きあげた中世世界は、我々が今まで日本史の常識として捉えていたことがひっくり返される魅力を備えている。

 

歴史が好きな人にも、今まであまり歴史に触れてこなかった人にも、驚きとさらなる探究心を与える一冊であることは間違いない。

 

この一冊で、歴史を見る目が変わる。

 

以下は、私が学生時代に書いた論文である。

当時はWindowsで縦書きで書いたが、現在はMacでアップしたため少々読みづらくなっており、大変申し訳ございませんが、何卒よろしゅう。

また、Googleドライブで開いただけの状態では、文字化けがあるが、

Googleドキュメントで開く」を押して見てもらえれば読みやすくなります。

論文 - Google ドライブ

 

網野氏にも多く触れている。

今見てみると冗長で稚拙な表現も多く気恥ずかしいが、お手隙の際に読んでみてもらえれば、これ以上の喜びはない。

 

褒められることはないと思うけれど、怒りもしないでくださりたく候。